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オープンイノベーション実践者との対談(第7回)
日本電信電話株式会社(NTT)
常務取締役
研究企画部門長 篠原 弘道

第7回のゲストにお越しいただいたのは、日本電信電話株式会社(NTT)のNTT研究所で、常務取締役・研究企画部門長を務める篠原弘道氏。
グループ全体の通信および周辺技術の基礎・応用研究を担う研究所として、約2500人の研究者を率いる篠原氏に、ICT業界を取り巻く環境の変化、そして、多様なニーズに応えるための研究開発について伺いました。
「オープン・イノベーション」を通じて見みえてきた、NTTの未来とは。

諏訪本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
2500人もの研究者を抱える巨大組織のNTTが、どういう考えの下でR&Dを運営されているのか、社外の方にはなかなかイメージできないと思います。
本日は、ホームページなどで一般に広く公開されている情報に加え、より具体的なお話をお伺いできればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

篠原こちらこそ、よろしくお願いします。

プロバイダーからバリューパートナーへ
スピードと多様化に対応するための「発想の転換」

諏訪早速ですが、ICT(Information and Communication Technology)業界は、他と比べても環境の変化がとりわけ激しいように見受けられます。そうした急激な変化を御社ではどのように捉えていますか?

篠原現在、我々のような業界は「ICT」と呼ばれていますが、以前は「情報通信」、そのもっと以前は「電気通信」という言葉で表されていました。「電気通信」の時代は情報をAさんからBさんまで届けることが最大の使命でしたから、「どんな情報をいかに届けるか」が、通信事業者の主な活動でした。
ところが、「情報通信」になると、人と人だけではなく、例えばコンピューターと人、コンピューター対コンピューターのやりとりまでに対象が広がった。さらに「ICT」においては、例えば「情報通信を使って、その上で医療活動をする」というように、事業の対象があらゆる業界へと拡大しています。これがまず一つ目の大きな変化です。

諏訪なるほど。コミュニケーションの対象も中身も大きく多様化しているということですね。

篠原そうです。それに伴い、当然、研究開発にも変化が求められるようになりました。以前は、「通信」にこだわり、交換技術や電線技術などの研究が主でしたが、今は「通信」があくまで手段の一つになり、他の分野の情報やサービスと組み合わせることで、新たな発想を生むための活動へと変化していったのです。まさに「クラウド」がその好例です。クラウド上の様々なサービスと通信を組み合わせることで、初めてお客様と触れ合えるようになりましたから。研究開発の側面からみると、対象とする技術分野の裾野がずいぶん広がってきたというのが、二つ目の変化です。

諏訪感覚的にはどのくらい広がったと感じていますか?

篠原ICTの技術としてはおそらく2倍~3倍くらいまで広がっていると思います。ただし、分野をまたぐことによって必要となる技術まで含めるのであれば、10倍、いやさらに20倍にはなるでしょうね。

諏訪他の業界に比べ、カバーすべき領域の裾野が実に広いですね。

篠原おっしゃる通りです。その上、これまでとは全く異なるスピードも求められています。電電公社の頃は、「すべてのお客さまに電話を使ってもらう」という社会的使命を背負い、5年をひとくくりとした計画を何次も重ねるという、長期的な視野に立った事業活動が中心でした。ところが今では、非常に速いスピードで社会が変化している。これが三つ目の変化です。

諏訪どのくらい速くなったという感覚ですか?

篠原それはもう、何十倍と速くなっています。

諏訪裾野が広がったうえにスピードも格段に速くなったとなると、研究開発としては、これまでとはずいぶん異なる動き方が求められますね。

篠原ええ。そうした事業環境の変化に対して、全てを自分たちだけの力で進めることに限界を感じています。

諏訪具体的な例を教えて頂けませんか?

篠原「ICTを使った医療活動」を例に挙げてご説明すると、我々は医療の専門家ではありませんから、情報通信の技術とお医者様の持つ医療知識を組み合わせなければ、医療へのアプローチは成立しません。スピード感を高めながら異分野との連携を進めていくには、自前主義に頼っていては、時代の流れについていけませんから。時間を買うという意味でも、他社との差別化を図るという意味でも、外部と組むことは非常に重要だと思っています。

諏訪つまり、「オープン・イノベーション」が必然となったわけですね。

篠原そう。ただし、研究開発というのはあまり広く浅くやっていても仕方がないので、「しっかり掘り下げる部分」と「よその力を借りる部分」の線引きがとても重要です。
また、事業範囲の拡大に伴い、「品質や信頼性の幅が広がった」ことも、四つ目の変化です。
かつての我々は、全てにおいて「信頼性と品質の高さ」を追い求める、いわば満点主義でした。もちろん今でも、110番や119番など緊急を要する回線が不通になるという事態を招かないよう、信頼性と品質の維持には努めています。
しかし一方で、アプリケーションによっては、ベータ版でたとえ80点の完成度であっても、まずは使えればいいという前提で、提供しているサービスも存在しています。

諏訪完成度はそこそこであっても、サービスとして一早く提供したいという意味ですか?

篠原もちろん早さもポイントですが、それ以上に、実際にお客様に使っていただきながら、「改善すべき点をお客様に教えていただく」という狙いがあるからです。

諏訪顧客とやりとりをしながら、インタラクティブに創り込んでいくという考え方ですね。

篠原そう。これこそが五つ目の変化で、我々にとっては最も大きな変化と言えます。
我々のような電気通信事業者は、かつて「コミュニケーション・プロバイダー」とも呼ばれていて、「プロバイダー(提供者)」が提供するモノを決めるという発想が強かったのです。

諏訪「コミュニケーション・プロバイダー」という言葉自体にも、そうした意味合いが強く表れていますよね。

篠原ただ新しいものを提供していればいいという時代は良かったのですが、今はそうではありません。昨年11月に弊社の鵜浦社長が新しい中期経営戦略を発表した際、「プロバイダーからバリューパートナーになろう」と提案したように、提供者側に立つのではなく、お客様とともに価値を創り上げるパートナーであることが、今は求められているのです。

諏訪そういう発想で、研究開発も進めていくということですか?

篠原はい。研究開発に置き換えて考えると、物性のような基礎に近い研究分野においては、これまでのように、研究の大きな流れを見ながら、自分たちで方向性を定めることが必要です。しかし、お客様との距離が近いサービス分野においては、我々が一方的にサービスを提供するのではなく、「まだ未完成ですがこんなものでどうでしょうか?」と、ベータ版をまずお客様に使っていただいて、フィードバックをもらいながら、完成形に近づけることが大切なのです。

諏訪同じ社内の研究者でも、研究分野によって考え方を180度変えないといけないのですね。

篠原そうなんです。我々には、これまでお客様に品質も性能もより完璧なものを提供してきた自負がありますから、社内にはそもそも完璧を求めるタイプの人間が多い。そのため、「70点、80点の状態でお客様に提案する」ことに、どうしても抵抗があるんです。

諏訪「より良いものを創ろう」という目的自体は以前と全く変わっていなくても…

篠原そう。決して、最初から70~80点程度の中途半端なところを目指しているわけではないんです。研究開発の初期段階ではやはり、完璧な理想を求めて邁進しています。そして理想に近づいた段階で、改めてプラティカル(実用的)な目標を設定し、70点とか80点の完成度に近づけたいと思っているんです。最初から70点、80点を狙ってしまうと…、

諏訪本当にイマイチな技術になってしまうリスクがあるわけですね。

篠原そう。だから、「目標設定を切り替えるタイミング」と、その段階での「目標設定の仕方」は非常に重要だと考えています。

諏訪そうした意識や行動の変革を研究者に対して、どのように促しているのですか?

篠原技術たけではなく、「マーケット」や「顧客」の視点を同時に持つよう、常々口酸っぱく言っています。そうすれば、「切り替えるタイミング」も自ずと明確になりますから。

諏訪どの部分を取り去って80点とする「目標設定の仕方」は、どのようになさっているのですか?

篠原そこが非常に難しい点です。ややもすると、80点の中に、自分たちの持つ技術の良いところを全て投入してしまおうという発想になってしまいますから。しかしそれでは、お客様からすると、80点ではなくて、場合によっては50点に見えてしまうこともある…。ですから、「お客様が求めているものは何か」をまずしっかり捉えたうえで、お客さまにとって本当に必要なものを80点のほうに入れ、あとから付け加えてもよさそうなものはいったん残りの20点のほうに置いて考えてみることも大切だと思っています。つまり、及第点となるものを確実に創るよう、社内の研究者に伝えているのです。

諏訪満点主義に陥らないようにする鍵は、お客様の視点にあるというわけですね。

篠原そう。顧客の視点を持つためには、外部と連携することも非常に重要だと考えています。例えば、我々のような旧来からの通信事業者が当たり前に持っている考え方と、OTT(Over the Top:動画データや音声データなどのコンテンツを通信事業者のサービスによらずに提供する)事業者が持っている考え方とでは、どちらが良い悪いではなく、根本的な考え方に違いがあります。OTT事業者のほうがマーケットにより近いので、そうした考え方の違いに接することで、正しい80点を導き出せる力を身につけることができたりします。
そのため、サービス開発系の研究者には、自分たちの力にばかり頼るのではなく、「他社と一緒に創る」ことの重要性も盛んに説いています。

 

実用化を目指し連携を強化
NTTの「オープン・イノベーション」とは?

諏訪外部との連携についてお話が出たので、NTTの「オープン・イノベーション」について詳しく教えてください。「オープン・イノベーション」はどのような目的で活用しているのですか?

篠原NTTの研究所で進めている「オープン・イノベーション」には三つのタイプがあります。一つ目は「融合型」と呼んでいるもので、ある技術とある技術を組み合わせることで、他にない新しい価値を生むというものです。これは社内同士で行う場合もあれば、社外と組む場合もあります。

諏訪融合型では、どんな事例がありますか?

篠原例えば、摩擦の少ない光コードの開発があります。既築のマンションに光ファイバーのインターネットサービスを提供する場合、電話線が通っている管の中に光コードを入れるのですが、管のスペースに限りがあるため、大抵、数本しか入りません。そこで、ケーブル開発の部隊がコードを細く改良したのですが、細くするだけだと、せいぜい3本入ったものが5本になる程度にしか改善できない。そこで、この状況を聞きつけた材料開発の部隊が、摩擦を低減する材料を見つけてきて一緒に開発を進めたことで、これまで3本くらいしか通らなかった管に、20本以上の光コードを通すことができました。

諏訪管に入らなければ、莫大なコストをかけて新しい管をさらに通すか、もしくは断念するかしかなかった、ということを考えると、この技術のインパクトは大きいですし、顧客のニーズにもマッチしていますね。

篠原そう。これは世界のFTTH(Fiber To The Home:光ファイバーを一般個人宅へ直接引き込む、アクセス系光通信の網構成方式のこと)を運営する事業者にとって、共通の課題でしたから、みんな驚いて、「是非欲しい」と言われました。
これまで開発してきた数多くの「世界初」となる技術は、キャッチアップされることが多かったのですが、この光コードに関してはいまだに追随を許していません。

諏訪材料から入りますから、キャッチアップは容易ではないですよね。

篠原「材料から」ということもありますし、ケーブルと材料という分野の全く異なる部隊が連携したことも大きな成果です。NTTの研究所には2500人もの研究者が在籍し、基礎から実用化まで幅広い研究開発を行っています。そのため、材料の物性から装置まで、うまく連携できれば、大きな強みになると自負しています。

諏訪ここまで畑の違う研究者が揃っている企業もそうありませんよね。

篠原そう。ですから、もちろん社外との連携もありますが、社内でも「技術融合型」の連携を推進していくよう、呼び掛けています。

諏訪ただ、光ケーブルではうまくいったとしても、全く異なる分野での融合は、そう簡単なことではなさそうですが。

篠原もちろんです。融合が起こりやすい環境を作るには、研究者一人一人が自発的に動くことが重要です。社外に対してアンテナを張ることももちろん大切ですが、2500人もの研究者が、普段どんな研究をしているのかに目を向けることも、異なる分野の融合を促すには欠かせません。そのため、社内の他組織や社外と組むことでいい成果を上げた研究者には、会社で表彰し、いい意味での刺激を与えています。今後は、評価制度にもそうした考えを取り入れるつもりです。

諏訪会社の方針としてそうした考えを打ち出すと、研究者の意識も大きく変わりそうですね。他にはどんな「オープン・イノベーション」がありますか?

篠原二つ目の「オープン・イノベーション」は、「凝縮型連携」です。
これは、非常に特徴のある技術を中心として、その技術を食い尽くし、使い尽くすような連携です。

諏訪イメージしやすい事例はありますか?

篠原例えば、ナノフォトニクスの領域がこれに当てはまります。社内の研究所とは別に、バーチャルなナノフォトニクスセンタという組織を作り、ナノフォトニクスの技術を持つ優秀な部隊に、レーザーの部隊や他の研究所の部隊がくっついて動いています。
まだ基礎研究の段階ですが、「『ネイチャー』に掲載される」など、多くの成果を上げています。
その他に、「超高速の光伝送」や、ビッグデータとか機械学習全体の流れを作っていく「機械学習・データ科学」などの領域でも、「凝縮型オープン・イノベーション」を進めています。

諏訪三つ目のタイプは何ですか?

篠原一般的に行われている、「オープン・イノベーション」のスタイルです。
他社技術の一部を自社の技術に取り込んで、自分たちの中でイノベーションを起こしたり、自社の技術を外部へ出して、他社の中でイノベーションを起こしたりしています。医療分野での応用が可能な電気を通す糸の事例がまさにそうですね。

諏訪導電性の糸はいろいろありますが、どのような特徴があり、どう応用したのですか?

篠原糸の周りに導電性の材料をコーティングする技術を開発したのですが、これまでの同様の糸と異なり、親水性と柔軟性が高く、着心地に優れています。
この糸を用いた電極は、素肌に優しく、通気性があり、安定した信号を計ることが出来ることから、シャツに付けて着ると心電図を計測することができます。長期入院ができず退院された方の中に、自宅で心電図を計測される方も結構いらっしゃいます。しかし、通気性のない粘着式の電極を体にペタペタと貼って心電図を取るのは違和感が強かった…。それが、シャツを着るだけ で心電図が計測できるようになったんです。

諏訪確かにそれは便利ですね。

篠原こうした技術の応用を医療や健康増進目的で実用化していこうとしても、社内の知恵を集めているだけでは、なかなかいいアイデアは生まれません。そこで、糸や、シャツを大量生産する技術を持つ企業や、お医者様との連携について検討を進めています。これによって、新たな発想が生まれ、臨床の場でも活かせる商品が開発できるものと確信しています。
このように、最近では、通信関係の研究開発を非通信の分野に応用する研究が続々と生まれています。これ以外にも、通信用に開発した高純度の半導体レーザーを成分分析に応用した例もあります。高精度の成分分析ができるので、お米や水、ワインなどの産地を特定するのに役立っていますよ。

諏訪食の安全に対する関心が高っている今日、ニーズがありそうですね。

篠原ええ。今後は、強みを活かすだけでなく、弱みを補完する上でもオープン・イノベーションをもっと活用する必要があると考えています。基礎的な研究では、他にない尖がったところが一つでもあれば、論文を発表することができるので価値が高いのですが、プロダクトの世界では、他より優れていたとしても、欠点が一つでもあればアウトですから。

諏訪確かに、電気通信の時代は範囲が狭かったので、課題を全部自分で潰し込んで高いサービスを提供することも可能だったかもしれませんが、ICTの時代に、欠点をすべて自分で潰すのというのは、いくらリソースがあっても足りない。

篠原そう。だから、自分たちの弱みが何であるかを見極め、それを消す方法を考える際に、自分たちの中に答えがなければ外の力を借りるということも必要だと考えています。

 

「相手に選ばれる」ための情報発信が
オープン・イノベーションを成功へと導く鍵に

諏訪ここまでお伺いすると、御社は時代の急激な変化にうまく適応しているように思えるのですが?

篠原いいえ、オープンイノベーションの取り組みは緒についたばかりですし、また課題もあります。

諏訪それはどんな点ですか?

篠原「オープン・イノベーション」とは言っても、これまでどんな場合でも、自分たちで組む相手を選んできました。例えば、KTN結晶という元々通信用に開発した光を曲げる結晶の事業化において、医療分野で応用できそうだとわかれば、こちらから色々な会社のマーケットシェアを調べ、アプローチをしていました。

諏訪新規事業開発を行う上では、そのくらいの積極性も必要だと思いますが?

篠原このプロセスこそ、「自分たちが相手を選ぶ」というプロバイダー的、電電公社的な発想なのです。もちろん分野によっては自分たちが相手を選ぶことも必要ですが、分野によっては、“相手に選ばれる”“アイデアを外に求める”ための「オープン・イノベーション」がもっとあっていいと思っています。

諏訪それはどういうことですか?

篠原例えば、もっと報道発表などをして、興味を持っていただいた全ての相手に同じ情報をお渡しして、ある程度の段階まで議論するということも、必要ではないかと考えているからです。そうすることで、技術について他と議論する機会が生まれ、場合によっては、私たちが今持っている技術の良さの一部で十分だということに気付かされたり、事業化までの道のりやインパクトの大きさが自分たちで思っていた以上に見えてきたりしますから。

諏訪ブラックボックスにするとこはしっかり隠して、技術をオープンにしていくということですね。

篠原ええ。例えば、一昨年、「ユバタス(Jubatus)」というビッグデータをリアルタイムで深く分析できる分析基盤を開発したのですが、オープンソースとして公開することで、広くアイデアを募りながら共同で開発する仕組みを取っています。
この「ユバタス(Jubatus)」は、東大の学生が立ち上げたベンチャーとの共同研究によって生み出されたものです。彼らとの共同研究では、我々が想像もしなかったような技術の使われ方があり、新たな発見があって非常に面白い。クラウドやビッグデータの領域では、ベンチャー企業との連携もすでに始めていて、今後は、コンシューマーに近いサービス分野にも裾野を広げていきたいと考えています。このように、外部のアイデアを取り込むということは、これからのNTTにとって必要不可欠だと考えています。

諏訪私どもの経験ですと、「何か使えませんか?」と外部にアイデアを求めても、それに対して指摘をもらえるということは稀なので、「こんな目的で使えると思うんですけど、どうですか?」と仮説を立てたうえで、外部に広く問いかけることが、自社の技術の使い道を広げる形のオープン・イノベーションを成功させる重要な鍵となると考えています。

篠原もちろん、ぼんやりとした仮説でも、しっかり考えて答えを導くことは大切です。 それが呼び水となって、自分たちが想像もしていなかった技術の使われた方を提案してもらえる可能性が増えますからね。

マネジメントから見える
二極化を目指す研究方針

諏訪日刊工業新聞の取材に対して、「基礎フェーズの研究開発は産学連携でかなりの成果が出始めているので、応用フェーズをもっと強化していきたい」と答えていらっしゃいますね。基礎フェーズと応用フェーズでは、研究者に対するマネジメントの仕方に大きな違いがあるように思えるのですが?

篠原ネットワークの研究には、今ある技術の延長線上の1~2年後を考える研究者と、10年後の理想像を目指していく研究者がいます。サービス系の研究においても、今求められているサービスを迅速に行う研究者と、本人の声に似せて自由に音声を合成するというような未来につながる研究を行う研究者がいます。
脈々と技術を高めていくという意味では、スピード感を持って新たな発想を生み出す短期的な研究も、将来を見据えた長期的な研究のどちらも必要不可欠です。しかし、それぞれ研究開発のプロセスは異なりますから、そのマネジメンはなかなか難しいと感じています。

諏訪どう行ったところが難しいでしょうか?

篠原隣の芝生が青く見えてしまうこともあります。

諏訪それは、どういうことでしょう?

篠原時間がゆっくり流れていた時代は、研究者自身、時間に追われことも焦ることもありませんでした。そのため、多様性を持ちながら研究開発を進めることに、それほどの抵抗感はなかった。
ところが、今のように環境変化の激しい時代では、早く動かなければならない研究者は時間にとらわれてしまい、どうしても多様性を見失ってしまう。その結果、他社と似たような研究を進めてしまうこともあるんです。 ゆっくりやってればいい人も、周りがバタバタ動いてるのを見てると…

諏訪焦りを感じて、結果を急いでしまうのですね。

篠原そう。今のマウスイヤーの忙しさは、研究者一人一人のマインドを揺さぶるというより、焦らせてしまうほうが強いようです。

諏訪時間に追われることで、隣の芝生が青く見えてしまうというわけですね。

篠原ええ。でも僕は、2500人の研究者全員が毎年成果を上げられるなんて、そもそも思ってもいない。研究者には常々、「基礎研究をしていく人は『サイエンス』や『ネイチャー』に掲載されるような尖った領域の研究を狙うべきで、商品化をしようと思っているサービス系の研究者には、単に商品化するだけではなく、それが普及するところまで狙っていかないといけない」と言っています。
つまり理想は、両極端のスタンスで進めてもらうことなんです。僕が一番恐れているのは、両極端であるべきはずの両者が、真ん中に寄ってきて、ほどほどの成果しか出せずに終わってしまうこと。

諏訪みんなが中途半端になってしまうのが、一番まずいわけですね。

篠原もちろん、会社として時には、「ほどほどのものでいいからこの辺で結果を出そう」という判断を下すこともありますが、研究者には「二極化していこう」と伝えています。他社から選ばれる存在になるためにもね。
よく「何十年か後に会社を辞める時の送別会で、みんながあんまり知らないことを30個、この人はこれもあれもやりましたって言われて会社人生を終えたいか? それとも誇れる研究は一個しかないけれど、誰もが知っている研究をしていた人ですよと言われて会社人生終えたいか?」と聞くことがあります。そうするとみんなの反応はやはり…、

諏訪誰もが知っている唯一の技術?

篠原となるわけです。そう簡単なことではありませんが。

 

外部との連携を強化することで
研究組織の活性化を目指す

諏訪「オープン・イノベーション」を成功させるうえで、組む相手とWin-Winの関係を構築することは重要な要素の一つですが、外部の組織との連携で期待する点や、想定する領域などあれば教えてください。

篠原想定する領域は三つ考えられます。
一つは、医療や自動車メーカーなど、情報通信技術と関係ない分野の場合です。異業種との提携は思ってもいない発想が生まれることがありますから、大いに期待しています。互いの目的がはっきりしていれば、お互いの利害も明確になりやすいですか.らね。

諏訪先ほどのお話にあった、心電図などへの応用などがこれに当てはまりますね。

篠原ええ。次に、ICT業界の場合です。
特に、これまで我々が一番苦手としてきた「小回りの利く」動き方、ができるベンチャーとの連携を視野に入れています。これはあくまで自社の問題ですが、スピードを求められるICT分野でベンチャーと連携することができれば、研究開発の時間短縮も可能になると期待してのことです。
ただ、会社の性質が異なると知財の契約に対する考え方も違ってくるので、事前のすり合わせは必要でしょうね。そこがスムーズになれば、十分連携は可能だと思っています。

諏訪最後はどんな領域ですか?

篠原素晴らしい技術は「オープン・イノベーション」の必要条件ではあるのですが、決して十分条件ではありません。十分条件を埋めるためには、我々の足りない部分を補ってくれる組織との連携が不可欠ですね。

諏訪それは、どういった組織をイメージされていますか?

篠原例えば、OTTマーケットに対して鼻が効く事業者などがまさにそうです。そうした事業者の場合、OTTとして事業化することが目的になると思うので、同じようなスキルを持っていて、NTT東西の事業を担う手助けをしてくださる相手があれば、理想です。

諏訪なるほど、よく理解できました。最後に、これからNTTの研究所で働きたいと考えている研究者へ期待する点を教えてください。

篠原特に若い研究者には、専門性を深めて自分なりの研究の方法論をつかんでほしいと思っています。ICTの分野では、「多様化」や「変化への対応力」が求められますが、本来は、専門性と取り組む分野の流動性は相矛盾しないはずだと僕は信じています。

諏訪それは、自分自身にコアの強みがあれば、他の人も組みたがるので、新しい分野への適用も広がる、ということでしょうか?

篠原そういう面もありますし、他の分野では、専門知識は有効活用できなくても、専門性を高める過程で培った「研究の方法論」は活きるはずですからね。
最近特に気になるのが、「何でも言ってください。言った通りにします」という他律の人が増えているということ。お客さんや上司に言われたことを自分なりに噛み砕いて、「自分ならこうすべきだ」と、他律を自律へと昇華させて考えられることができる人は伸びますね。ただし、ICTの分野においては、モノの見方が多面的である必要があるので、人の話を聞かない思い込みの自律ではなく、いろんな人の意見を聞いた上での自律であることが重要ですが。

諏訪ICTの時代、受身では意思決定も遅れてしまい、差別化もできないですが、一方で、多面的に物事を捉えることも求められているわけですね。
本日お伺いするまで、約2500人もの研究者をこの変化の激しいICT分野でどうやって率いていらっしゃるのか、全く見当がつかなかったのですが、こうしてじっくりお話を伺えたことで、かなり理解が深まりました。

篠原実は、この想いを伝えるのが大変なんですよ(笑)。こういうことを言い続けているのには多くの背景や理由があって、こうした考えを研究者に分かってもらうことで、もっと行動に移してほしいという強い想いがありますから。
でも、2500人全員に想いを伝えるのは本当に大変で、毎回同じことを言っているのですが、なかなかうまく伝わりません。まあ、そのうちの何割かが変われば、組織全体も変わっていくと期待しているのですが…。

諏訪今回の対談も、間接的ではありますが、そうした想いを伝える手段になればと期待しています。本日は貴重なお話をありがとうございました。

篠原どういたしまして。こちらこそ、ありがとうございました。

(2013年7月5日)
PROFILE: 篠原 弘道 (しのはらひろみち)

1978年3月 早稲田大学理工学研究科 修了
1978年4月 日本電信電話公社 入社
2007年6月 情報流通基盤総合研究所長
2009年6月 取締役 研究企画部門長
2012年6月 常務取締役 研究企画部門長(現任)