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オープンイノベーション実践者との対談(第11回)
JSR株式会社
代表取締役副社長執行役員
佐藤 穗積

タイヤ素材をはじめ半導体製造用材料やディスプレイ材料と、石油化学や電子材料で世界をリードする「JSR株式会社」。
時代のニーズに応じた新規素材の開発にも力を入れ、近年ではライフサイエンスや環境・エネルギーなどへの進出も目まぐるしい。
とどまることなく常に新しいフィールドへ挑み続ける同社の代表取締役副社長執行役員・佐藤穂積氏に、成長を支える企業スピリッツについてお話を伺いました。

1 on 1からDiffusionへ
事業シフトにより変わる顧客との距離感

諏訪御社はもともと合成ゴムの製造からスタートされたわけですが、時代に応じてその軸足を合成ゴムから電子材料へとシフトし、最近ではライフサイエンスや環境・エネルギーにまで事業領域を拡大していらっしゃいます。企業として事業領域をシフトすることは決して容易ではないと感じるのですが、事業の拡大を成功に導いた背景や戦略について教えていただけますか?

佐藤はい。まず、JSRの企業理念は「Materials Innovation」です。マテリアルを通じて価値を創造し人間社会に貢献するという意味ですが、この根底には、「持続的成長」というぶれない“軸”のような考えがあります。

諏訪それは具体的にどういうことですか?

佐藤企業は、いつまでも同じパターンを続けていては、いつか他社に負けてしまう。そうならないためにも、我々は常に「変革」を意識し、前へ進んでいかなければなりません。そのため、社員一人一人が「持続的成長」というマインドを軸に持つことは必要だと思っています。こうした考えがあるからこそ、事業の軸をシフトすること自体にさほど抵抗感はありませんでした。

諏訪なるほど。企業が持続的に成長していくには、時代に応じて柔軟に事業を転換させることも、ある意味当然ということですね。

佐藤ええ、そうです。

諏訪しかし、事業をシフトする上で、R&Dの運営についても大きな変化が必要だったのではありませんか?

佐藤世の中の技術がものすごい速さで変遷する今、かつて我々が合成ゴムから主軸を電子事業へとシフトしたように、今また我々はライフサイエンス、環境・エネルギーに事業の舵を切ろうとしています。新領域で他社に追いつき、自分たちにとって有利な立ち位置を築くことは、以前に比べ大きなチャレンジでもあります。

諏訪それは合成ゴムから電子材料へと軸をシフトしたころと比べ、取り巻く環境がずいぶん変化したからですか?

佐藤ええ。変化の一つは顧客のグローバル化です。JSRがかつて電子材料に事業の主軸をシフトしたころは、日本が半導体やディスプレイを強みとしていた時代だったため、技術交流を行う上でも、お客様を訪問して顧客の生の声を聞く上でも、地理的に有利でした。
しかし、ライフサイエンスにしても環境・エネルギーにしても、先端技術を保有する企業や顧客はアメリカやヨーロッパが大半です。そのためこれまでのように国内にとどまっていては、世界をリードすることはできません。

諏訪以前に比べ、技術も顧客もグローバル化しているということですね?

佐藤そう。そのため、JSRでは海外の顧客ニーズに対応するため、ここ3年くらいで海外拠点のR&Dを強化しました。ライフサイエンスについては、シリコンバレーにある半導体の拠点に加え、新たな研究所の立ち上げを早急に進めているところです。さらに、従来の半導体や液晶ディスプレイ(LCD)に関しても、アメリカ、ヨーロッパ、台湾、韓国に製造拠点を置いていますが、今では製造機能に加え、R&Dの機能も持たせています。

諏訪地理的な問題以外に、開発の進め方やスピードでこれまでとの違いは感じますか?

佐藤ええ、大きく異なります。例えば、以前であればLCD事業に進む際などは、国内メーカーがアプリケーションを開発する初期段階からプロジェクトに参加することができました。そのため、競合の数も限られており、開発当初から有利な立場に立つことが可能でした。また、お客様とともにトライ&エラーをする必要があったので、スピードもそれほど急ではなかった。しかし、ライフサイエンスや環境・エネルギーの分野にはすでに初期段階からはるかに多くの競合がいて、当然スピードも求められる。

諏訪以前の経験をそのまま踏襲できるほど、甘くはないということですね?

佐藤はい。ですから、以前の良いところは活かしつつ、今の環境に合う形で打ち手を入れ込むというやり方で進めています。

諏訪振り返ってみて、以前の進め方で良かった点はどんなところですか?

佐藤二つあります。一つは、自分たちの強みであるコアのテクノロジーの高分子技術から、何らかのつながりのある出方ができたこと。もう一つは、お客様と早い段階から一緒に動けたので、評価技術能力を高めることができたことです。

諏訪なるほど。得意分野を活かし、開発の初期段階から顧客と組むことができたのですね。

佐藤ええ。半導体の露光機や評価機器はとても高額なものでしたが、しっかり投資をして評価のインフラを整え、評価能力も技術として高めることができたお陰で、お客様と技術的なやり取りができる段階にまで成長できたことは、我々にとって大きな成果でした。
また、開発されたモノの評価の仕方について取得することができた点も大きいですね。

諏訪それこそがまさにJSRのホームページ内でも発信されている佐藤さんのメッセージ、「有力な顧客と密接な関係を構築し、その中からマーケットニーズを把握して、デファクトスタンダードになりうる製品を作る」の背景でもあるのですね。

佐藤ええ、おっしゃる通りです。

諏訪そうした経験は、今回の事業変革にも活きているのでしょうか?

佐藤リーディングエッジの会社と1対1でがっちり組むことを弊社では「1 on 1(ワン・オン・ワン)」という言い方をしています。この進め方は、ある意味でJSRの成功パターンだったのですが、今の時代、ライフサイエンスや蓄電デバイスなどの環境エネルギー領域で同じように通用するとは限りません。

諏訪それには顧客の数と関係がありますか?

佐藤ええ。ライフサイエンスや環境・エネルギー領域には、顧客が数多く存在している上にグローバルです。そのため、採るべき方法は必ずしも1 on 1ではない。
特に、ライフサイエンスにおいては、面白いアイデアがあって実際にモノができていたとしても、自分たちでどう使ってよいのかさえ、分からないことがあります。

諏訪使用方法が数多く存在するということでしょうか?

佐藤ええ。昔なら、その商品がいずれものすごいビジネスにつながる「キーマテリアル」になるかもしれないと、可能性に期待して社内で抱え込んでいたものです。
しかし、今は逆です。世の中のスピードが速いため、何か新しいものを開発しても社内で温めることで、その価値が失われてしまうのではないか…と不安に感じてしまいます。

諏訪つまり、オープンにしていくことが必要なのですね?

佐藤そうです。できるだけ早く知っていただく活動が必要で、これを社内で「Diffusion(拡散)」と呼んでいます。しかし、JSRが辿ってきたこれまでの事業を振り返ってみても、Diffusionをしたことはあまりありません。

諏訪機能性材料はいろいろな用途で広く使われていますから、意外な気もしますが…。

佐藤もともと、JSRとは、「Japan Synthetic Rubber(日本合成ゴム)」ですから、電子材料に事業をシフトする以前からの主要なお客様はタイヤメーカーでした。タイヤメーカーの数は限られていますよね。何百、何千とあるわけではありせんから、1on1の関係でビジネスをやることができた。それは、半導体材料やLCD材料に事業領域を拡げたころも同様で、取引先の大きなリーディングエッジのお客様の数は限られていました。

諏訪しかし、今のライフサイエンスや蓄電デバイスには当てはまらないのですね?

佐藤そうです。もう自社だけではカバーしきれないくらい本当に色々なことが世の中では行われていますから。自分たちでできる事業領域は限られているので、それ以外の領域で我々の技術を積極的に活かしていただけるのならば、自分たちにとってもハッピーだという考えから、これまであまりやってこなかった出口を探すDiffusionという活動も、今は積極的に行っています。

諏訪技術を自分たちの事業ドメイン以外に出すことによって、どのような効果がありましたか?

佐藤1番ありがたかったのは、自分たちにとって新しい市場の気付きがあったことです。これまで目を付けていなかった市場から、JSRの材料を使いたいという声が上がってきたことはとても大きな発見でした。

諏訪それは、新たなマーケット情報を得る機会にもつながりますね。

佐藤まさにそうです。JSRのビジネスはB to Bですから、我々のお客様が最終的にコンシューマーに対してどういう形のものを作るかという予測はできません。そのため「そんな出口がこれからできるの?」という方向が見えるのは、我々にとってありがたい。

諏訪技術情報の発信手段として、弊社のオープン・イノベーションもご利用いただいておりますが、それ以外にどのような情報発信をしていらっしゃいますか?

佐藤例えば、環境・エネルギーの領域でいうと、リチウムイオンキャパシタの活動がまさにそうです。JSRでは日本発で規格を作りたいと考え、一生懸命多方面に働きかけています。我々が日本のメーカーの旗振り役を務めることで色々なことが発表されれば、JSRの名ももっと広まりますからね。

諏訪ライフサイエンスの領域ではいかがですか?

佐藤今、力を入れて取り組んでいるのが、大学や製薬メーカーさんと一緒に、できるだけ多くの論文を発表することです。

諏訪論文ですか?

佐藤ええ。ライフサイエンスというのは、論文を通して「ウチもこういうのを使ってみよう」という反応が即座に得られます。しかも、論文はインターネットでグローバルに広がるので、世界中の人に効率的よく知っていただくことができる。情報発信に関しては、グループ企業も含めて自社ホームページでの情報発信にも力を入れていますよ。

 

強みを活かせる領域にフォーカスし
オープン・イノベーションで事業強化を目指す

諏訪ここまでは事業をシフトした背景や環境変化についてお伺いしました。ライフサイエンスや環境・エネルギーの領域はお客様の裾野も広く、ニーズも多様化しているため、開発すべき技術を絞り込むことは非常に難しいように思えます。事業シフトに伴い、R&D戦略はどのように変化しましたか?

佐藤技術領域をあまり広く拡散せず、自分たちが持っているコア技術を活かしながら、ポジション的に優位に立てる事業にフォーカスしています。
一方で、ものすごい勢いで新しい技術が世に出てきていますから、常に動向をウォッチしています。その中から我々にとって本当に必要だと思える技術に対しては、特別に手を打つようにしています。

諏訪ポジション的に優位に立てるかどうかは、どうやってみているのでしょうか?

佐藤もちろんマーケットの規模もありますが、我々に参入する余地があるかという基準で判断しています。

諏訪例えばどういう場合でしょうか?

佐藤複数の会社がすでに熾烈な争いを始めていて、コスト競争にまで至っている場合は、我々が参入したとしても優位なポジションを築くことはできません。また、コスト面はクリアできたとしても、圧倒的技術やガリバー的プレーヤーがいるかどうかという点も重要です。仮に絶対的な存在がすでにいたとしても、異なる技術で入っていける余地があるか、必ず判断しています。
ライフサイエンスは市場も大きく伸びしろもあるので、価格的な意味合いでの破壊的競争はまだ起きていません。そのため、マテリアルの技術で付加価値が望める魅力的な領域はまだ幾つもあるとみています。

諏訪具体的にはどのような領域ですか?

佐藤例えば、研究試薬の領域はまさにそうです。今年の今春に「ExoCap(エクソキャップ)」という研究試薬の販売を開始するのですが、これは体内の細胞から発生して血液や尿中に存在する小粒子Exosome(エクソソーム)を迅速に分離することができ、エクソソームの成分や機能を損なうことなく、短時間で収量よく得ることができ、そのため、癌などの病気の有無や状態を知る検査につながる画期的な製品です。このExoCap にはJSRのポリマー技術が活かされていて、エクソソームのみを効率的に捕捉することが強みなんです。

諏訪ライフサイエンスと言ってもピュアなバイオをやっているわけではなくて、御社のポリマー技術があってこそなんですね。今後が楽しみですね。

佐藤ええ、我々も大いに期待しています。

諏訪新しい領域に出て行く場合、研究者のスキル不足やミスマッチをどう補うかが課題となります。御社の強みでもあるポリマー技術に立脚すれば、そうした人的課題を回避することは可能ですか?

佐藤いや、そう簡単ではありません。外部から研究者を採用し、不足していた技術を補うことももちろん必要です。

諏訪なるほど。どのようなスキルの方を採用されたのですか?

佐藤環境・エネルギー領域の蓄電デバイスでご説明すると、特に、電池に関するスキルや知識を持った方々です。電気自動車やハイブリッドの建設機械など多方面での引き合いが多いリチウムイオンキャパシタの開発には、電池技術が欠かせません。現在JSRでは、JMエナジーという子会社を作り、大型のキャパシタを事業展開しています。先月にはさらに60億円を投資して、山梨県に新工場を建てる計画を発表したばかりです。

諏訪確かにリチウムイオンキャパシタだと、電池の技術は必要ですね?

佐藤そう。弊社はもともと材料の会社なので、電池技術を持った方や、電池技術に色々な機能を付加する形に組み上げ、モジュールに仕上げる電気屋さんはいませんでした。もちろん、「こうすればこういうものが作れる」というくらいは当然JSRにいる材料系の研究者でもできますが、本当にそれで十分なのかという検証や評価には高い専門性が必要です。

諏訪加えて、お客様とのやり取りをする上でも重要ですよね。

佐藤そう。電気や電池についてのプロでないと、お客様と十分なコミュニケーションは図れません。そこで、これまで電池やセンサーの開発に携わっていた人、品質保証に強い人、モジュールの開発に取り組んでいた人を外部から採用しました。

諏訪採用は環境・エネルギーの領域だけですか?

佐藤いえ、ライフサイエンスでも同様です。グローバルな視点も重要ですから、国内だけでなく海外からも多く入っていただき、今では開発をリードしていただいています。

諏訪JSRでは、社内で不足するスキルを採用で補うという考え方ですか?

佐藤ええ、中途採用の募集は今も継続的に行っています。勿論、長期的視点では社内での人材育成が重要と考えています。

諏訪採用に求める基準は何ですか?

佐藤実際に事業として早く動かせるかという点と、人材育成に貢献していただけるかという点です。育成には時間がかかりますが、会社としては、JSRのカルチャーをよく理解した人に将来の軸になってもらうことも重要ですから。

諏訪このように全く異分野の専門家の技術やスキルを取り込み新しい技術を導き出すことは、オープン・イノベーションの1つの形だと思うのですが、佐藤さんのオープン・イノベーションに対するお考えはいかがですか?

佐藤以前のJSRでは、元になる最初の物質を自社でゼロベースから合成することが前提でした。しかし、事業領域の対象がグローバルに広がりスピード感も増した今、あらゆるところで新しいモノがどんどん開発されています。その中には、我々にとって必要なものも数多くあります。今はそうした新しい物質の検索もすぐにできますから、必要な技術があれば積極的に取り込んでいくつもりです。

諏訪それは、海外の製品であってもですか?

佐藤もちろん。実際に使えると判断できれば、日本のメーカーに限らず広く調達することも考えています。

 

外部との連携を深めることで自前主義からの脱却と柔軟なテーマ設定力を醸成

諏訪オープン・イノベーションというと、自前主義をどう克服するかが課題となりますがが、御社の場合はいかがでしょうか?

佐藤弊社も同様で、R&Dの最大の問題点はNIH(Not invented here:自前主義)とよく言われていました。JSRではこれまで、原料作りから最終的に売るところまで全て自分たちでやってきましたから、当然すべて自前で作ることがベストだと皆が思っていました。しかし、最近ではそうした意識も、当初別の目的で始めた活動によって徐々に変わり始めているんですよ。

諏訪それは何でしょうか?

佐藤研究開発は新しいものを生み出すシーズ側の活動と、市場のニーズに対応する活動とでは、ずいぶん性質が異なります。会社が短期で実績を上げようとすればするほど、シーズ側は枯れていき、将来の展望が見えにくくなってしまう。

諏訪特に、新規領域においてはリターンが予測しづらいため、投資のバランスも難しいですよね。

佐藤投資もそうですが、意外と苦労しているのが人事評価です。技術シーズは、半年や1年の単位ではなくもっと長いスパンで生まれます。一方で、人事は賞与などが絡んでくるため、半年や年単位の短いスパンで評価しなければなりません。そうすると、出口に近いニーズ側の活動は評価できても、新しいものを生み出すシーズ側の研究はすぐに成果が出ないため評価で良い点を付けにくい。

諏訪そうなると、社員もついつい出口を意識した研究をしがちになりますね。

佐藤そう。それではいけないということで、将来を見据えた長期の研究にじっくり取り組むにはどうしたらよいかという議論をずいぶん行い、研究体制の見直しを図りました。

諏訪どのように見直されたのですか?

佐藤2007年の春に、福岡県の飯塚市にある近畿大学の産業理工学部に建屋を寄贈し、「近畿大学分子工学研究所-JSR機能材料リサーチセンター」というラボを作らせていただいたのです。

諏訪産学協同のラボですか?

佐藤はい。そのリサーチセンターでは、ポスドクの方とJSRの若手研究員とが共同でシーズ研究を行っています。「○△の材料をやってください」「□×の特性をもったモノを作ってください」といったテーマ設定はJSRからお願いさせていただき、論文はポスドクの方に書いていただいています。特許は全てJSRが取得するというやり方で進めていますが、結構うまくいってるんですよ。

諏訪なるほど。会社の評価制度に引きずられることなく、腰を据えた研究を行える体制を整えたのですね。

佐藤ええ。若手社員には当然それなりのポテンシャルを持った人が多いのですが、経験を積んでいく中で、JSR特有の考え方に引っ張られてしまうこともあります。
一方、ポスドクの方々にとっても我々があまり触れてこなかった技術や材料に対して自由にアイデアを出しながら研究できるメリットがあるようです。

諏訪両者がより自由な立場で研究に没頭できる、いい環境が整っているのですね。

佐藤そう、考えや発想の面でもね。リサーチセンター設立から7年が過ぎた今、事業につながるところまできています。

諏訪それはすごい。大学との共同研究において、7年という期間で事業化まで見通せるというのは、大きな成果ですね。単にお金を出して後は自由にやっておいてよ、という委託研究では、そこまでの成果は上げられませんから。建屋はもちろんですが、テーマ設定から研究者の派遣まで、御社のコミットメントが成功率を上げ、成果が見えるまでの期間を縮めたのですね。今後の活躍が楽しみです。リサーチセンターの設立は、社内の研究者の方々にとってもいい刺激になっているのではないでしょうか?

佐藤それこそが重要で、リサーチセンターで成果が出始めると社内のNIHの意識も徐々に変わり始めました。

諏訪どんな変化ですか?

佐藤例えば、ここ3年間でベンチャー投資を本格的に進めているのですが、以前なら外部技術の評価に対して「○×はだめです。うちでやっている○△のほうが、筋がいいです」というレポートが多かった。
しかし最近では、「外部と一緒に研究を進めると成果が望める」という意識が社内に浸透し始めた影響もあって、社員も徐々に大学やベンチャーの技術を前向きに受け入れるようになってきました。

諏訪それは大きな意識の変化ですね。

佐藤ええ。外部の技術を積極的に取り込もうという、ある種貪欲なマインドも育ってきているように感じます。

諏訪成功体験を積むと意識は変わり始めるんですね。

佐藤そうだと思います。成果を間近で得て、社内風土の変化をじかに感じることができたので、さらに技術を高めていこうという意識も高まりました。社外組織との連携がいい結果を導いたので、昨年6月には、さらに三重県四日市市に先端材料研究所を開設し、社内でもシーズ志向の強い研究に取り組もうと奮闘しています。

 

諏訪大学に自社の研究者を送り込むリサーチセンターを作った上に、社内にも作る狙いは何ですか?

佐藤これは我が社だけの問題かもしれませんが、JSRに入社を希望する研究者は、与えられた目的に対して保有技術を駆使して真面目に作り上げるタイプが多いんです。一方で、新たな目的を設定したり、新しいアイデアをゼロから発想できるタイプの研究者はまだまだ少ない。そのため、既存の組織の中でラインから降りてきたものをきちんとやることに意識が向いてしまう研究者が増え、そういう人たち中心の組織になってしまいます。

諏訪自由な発想で研究できる環境を整えるのが目的なんですね?

佐藤そう。だから、もっと自分で自由に考えて材料開発に取り組めるよう、先端材料研究所を別組織として置くことにしたのです。真面目で実直な研究者にとっては結構大変かもしれませんが、そこでアイデアを出すということの重要性に気付いて成功体験を積むことができれば、研究者にとっては貴重な経験にもなりますから。

諏訪研究所と社内組織で人材の流動はあるのですか?

佐藤もちろん。研究所で経験を積んだ方には既存の組織に戻っていただき、代わりに既存の組織の人が先端材料研究所に入るという流れを作り、組織の活性化を図りたいと考えています。

諏訪そうは言っても、自社の研究所だと発想自体もパターン化してしまいませんか?

佐藤そうならないためにも、先端材料研究所とリサーチセンターや大学との行き来を定期的に行い、お互いが進捗状況を確認しあったりアイデアを出しあったりしています。こうした相互の連携は、自由な発想を生み出す環境を維持する以外にも、大学の研究施設ではできない実用的な特性評価を先端材料研究所で行うというメリットにもつながります。この施策がうまく循環すれば、我々にとってさらなる強みになると信じています。

諏訪先端材料研究所には希望すれば誰でも異動することができるのですか?

佐藤今年の6月に始動したばかりなので最初の人選はこちらで行いましたが、将来的には本人の希望を考慮して決めていきたいと考えています。

諏訪御社に限らず、企業の多くの研究者は、「経験がないからうまくいかないだろう」という「やらず嫌い」も含め、自前主義の傾向にあるように思います。
しかし、御社の先端材料研究所は、大学にあるリサーチセンターのポスドクとの連携も前提となっているので、ローテーションがうまく機能すれば、社外組織との連携を経験する機会を増やすことにもつながりますね。自由な発想力から良いテーマを生み出すという本来の狙いはもちろん、自前主義を克服する上でも、とても効率的な風土変革のように感じます。

佐藤ありがとうございます。

諏訪今後もこのような取り組みは続けていかれるのですか?

佐藤ええ。日本で比較的良い成果が上がっているので、次の段階では、こうした取り組みをグローバルに広げていきたいと思っています。

諏訪お金を出して海外の研究機関に委託するだけの関係ではなく、自社の延長上の組織として研究できる体制が整えば、これからどんどん新しいイノベーションが生まれていきそうですね。

佐藤それがまさに理想の形です。

諏訪本日は、非常に面白い話をありがとうございました。

佐藤こちらこそありがとうございました。

(2013年12月4日)
PROFILE: 佐藤 穂積 (さとう ほずみ)

1977年3月 横浜国立大学大学院工学研究科修士課程 修了
1977年4月 日本合成ゴム株式会社 (現:JSR株式会社)入社
2004年6月 取締役 精密電子研究所長
2005年6月 上席執行役員 四日市研究センター長 兼 新事業開発担当補佐
2006年6月 取締役 兼 上席執行役員 四日市研究センター長
2007年6月 常務取締役
2011年6月 取締役 兼 常務執行役員
2013年6月 代表取締役兼副社長執行役員(現任)